トレーダーの心理状態を測る指標としてよく用いられるのがプロスペクト理論。相場分析をしていく上で自分のメンタルを知るだけではなく、チャート分析にも役に立つ。
なぜにチャート分析なのか?といわれれば、チャートはある意味「市場心理の集合体」みたいなもの。なぜこうも勝てないのか?それは人間が本来持っている心理状態が根本的な原因のひとつになっている。
相場分析をする上で皆さんがいつも気にしている分析手法は「テクニカル分析」と「ファンダメンタル分析」ではないだろうか?
決してテクニカル分析とファンダメンタル分析を無駄だというつもりはない。しかし「行動ファイナンス分析」や「確率論」というのは勝つために非常に重要になってくるポイントになる。
行動ファイナンスはトレードをしている自分自身にも当てはまってくる。なぜなら自分もマーケットに参加している市場の中のひとりだからだ。
市場の行動心理を知る上では、まず自分自身の自己心理を分析、知る必要がある。行動ファイナンス分析を知る事によって、個人トレーダーは「自分自身の行動自体を客観的に見ることができるというのが大きな利点だ。
今回はプロスペクト理論でも重要な役割となる「リファレンスポイント」に重心を置いて、この分析がなぜ必要でなぜ重要なのかをこれからお話しさせていただこう。
リファレンスポイントとは価値を決める基準
リファレンスポイントはプロスペクト理論の基軸となるものだ。トレードで言うところの価格に対する目線について非常に大切なものとなる。ではリファレンスポイントについて見ていこう。
リファレンスポイントとは
リファレンスポイントとは、人間がある物事の認識や物事に対する評価をするときに使う基準の事だ。例えば、ある人が10万円もするような服に高い価値を見出しているとする。しかし他の人はその服に対して、それほど価値を見出していないなど、私生活でかなり多く遭遇する話だ。
100万円のワインに高い価値を見出している人がいれば、同じワインでも2000円のワインに高い価値を見出している人もいる。
この2人は価値を見出しているワインの価格こそ違うが、2人のリファレンスポイントは同じ位置にある。
価格こそ違えど、欲しいと思っている感情は同じレベルであって、手に入れた時の喜びもまた同じレベルという事になる。手に入れた喜びの度合いを判断してリファレンスポイントは同じと定義しているのだ。
他にも欲しかった車を買った時など、時間が経つにつれ買ったときから徐々に嬉しさが和らいでいく。そのような時は車を買った時のリファレンスポイント(価値の基準)を100とすると、時間が経つにつれてリファレンスポイントは下がっていくという事になる。
リファレンスポイントとは価値基準の目安になるものだ。
1万通貨で100pipsの利益を取るのも、100万通貨で100pipsを取るのもやることは同じだが、価格の価値基準によって同じ行動をとれなくなる。
リファレンスポイントをトレードにあてはめる
では、リファレンスポイントをトレードにあてはめて考えていこう。買った時の価格をリファレンスポイント(その時点の価値)として考える事とする。
リファレンスポイントはトレードのどこにあるのか
あるトレーダーKが価格100円の時にこれから価値があがるだろうと100円で買ったとする。
この時点でのトレーダーKのリファレンスポイントは100円だ。トレーダーKは120円まで価格が上昇したら利益確定をしようと考えていた。その後目標価格に到達、120円まで価格が上がった。
しかしこの時の相場の勢いは非常に強く、まだ上がるかもしれないという期待感が生まれ125円まで利益確定の目標値を引き上げる事にした。
この時トレーダーKのリファレンスポイントは元々の100円から120円に移動したのだ。これはどういう事なのか?
価値を決める基準が移動する
当初は100円で買ったので、買った価格が自分の価値基準だった。しかし価格が上がって目標地点に到達したところでもっと上がるだろうと価格基準が120円に移動したという事になる。
実際は120円で利益を出しているにも関わらず、120円以上これから価格が上昇しない限り、まるで損失を被ったような気分になるという事だ。では続きを見てみよう。
実際にトレーダーKの予想どうり価格は125円近くまで上昇してきた。しかし価格は125円を超える事なく揉み合いながら少しずつ価格が下降してきた。そして大きく価格が下落してきたので110円で利益確定をしたのだ。
今回の例から見る相場心理とリファレンスポイント
最初100円でエントリーした時点でのリファレンスポイントは100円だった。この時点でトレーダーの利益、損失の基準価格は100円という事になるので、100円よりも上がれば喜び、下がれば悲しみの値が100円を基準に動いていく事になる。
この基準値がリファレンスポイントといって行動ファイナンスのポイントとなる基準値だ。
しかし今回の例ではさらにそこから価格が上昇し、120円という目標価格に到達した時点でもさらに勢い良く価格が上昇していた為これからさらに価格が上昇するだろうという目測をつけ、さらに目標価格を上げる事にした。
この120円という価格は当初の目標価格であって節目となる価格だった。ここでトレーダーKは120円を節目に目標価格を125円に引き上げた事によって、リファレンスポイント、つまり上がれば喜び下がれば悲しみの基準価格が120円に移動したという事になるのだ。
この事から含み益が出ている状態であっても120円を下回れば損したような感覚に襲われるという事になる。
もともとのリファレンスポイントは100円だったし、120円を目標に設定していた事実がある為、当初の予定どおり決済していれば20円分の利益が確定していたはずだ。
もちろんこの事はトレーダー自身がよくわかっている事で、よくわかっているが為に120円から価格が下がった時の悲しみは、利益の確定よりも大きくなることが言える。
そして、今回の例では110円でトレーダーKは利益確定をしている。
実際100円で買ったものを110円で売ったわけなので、10円の利益幅が出ているはずだが、元々120円で利益を決済しようとしていたトレーダーからすれば、損失を被ってロスカットをした様な気持ちになっているという事だ。
プロスペクト理論では、利益の喜びよりも損失の悲しみの方が大きくなるということが言われている。同じ10円の値幅だったとしても損失の悲しみの方が大きくなったという事が分かるはずだ。
それは最終的に決済した時の価値基準が120円だったという現実が引き起こしている。
損小利大とリファレンスポイント
相場の世界では「損小利大」という言葉をよく聞く。この損小利大に関しても本質的な意味合いを考えるとリファレンスポイントが大きく関係していると言える。では損小利大とリファレンスポイントの関係性について考えてみよう。
ランダムウォークからのコツコツドカン
なぜ損小利大を気にする事によって勝ちにくくなるのか?それは「過度にリファレンスポイントに重心を置きすぎる」事にある。
過度にリファレンスポイントに重心を置いた状態でトレードをしてしまうと、俗に言う「損切り貧乏」という状態になってしまう原因のひとつにもなってしまう。
自分の買ったポジションが100円だったとしたらこの100円に対してリファレンスポイントに重心を置きすぎると何故損切りが多く発生してしまうのか?という問題だ。それは相場の値動き自体がランダムウォークと呼ばれる動きをする為だ。
自分の買ったポジションというのはこのランダムウォークの値動きの中の一部であって、100円で買った状態から1度も含み損にならないということはほとんどない。
しかし、リファレンスポイントに重心を置きすぎているが為に、想定内の含み損ですらトレーダーにとって大きく心理的ストレスがかかり損切りを早めてしまうという行動が起きてしまうのだ。
つまりは、損小利大を意識しすぎているせいだ。
この事によって損切りが早くなりすぎるどころか、全く的外れな売買によって損小利大をしようとしているにも関わらず損失だけが積み重なり、コツコツロスカットを積み上げてからのドカンと負けるという連敗の「コツコツドカン」というものに遭遇してしまう。
なぜ過度にリファレンスポイントに重心をかけた状態になるのか?
現在はインターネットなどで多くの情報を簡単に手に入れられる。ところが、これが大きな落とし穴になるのだ。
多くの情報から何が正しいかを判断する際に、基準にするものは「多くの人が見ているもの」であり、多数決で良し悪しを判断している傾向にある。
人が集まっているところにわざわざ足を運びに行き、それが正しい答えだと判断してしまう。
出来るだけシンプルに手っ取り早く利益になる知識や手法を手に入れたい、しかし、どれだけシンプルなやり方であっても、一般常識とかけ離れたものは参考にしない。
むしろ面倒な手法であっても多くの人間が集まっている情報の方に吸い寄せられていく。これは負けトレーダーの決定的な特徴になる。大多数の人間が負けるのは当たり前すぎる結果なのだ。
みんなが知りたい情報は知りたい側にとって都合の良い情報になり、発信する側としてもユーザーにとって居心地の良い情報を提供する事で、閲覧数も増えていく。それがユーザーにとって有益なものかどうかは実際は関係ないものが多い。
こうした常識の中で、本来必要な本質的情報は逆に目に晒される事が少ない。つまり、勝てないトレーダーの価値基準(リファレンスポイント)は常に多数決の数の多いほうに傾けられる。
ネットの情報などで、あまりにも当然のように損小利大が常識であり、勝つためには損小利大の全てが正しいかのような情報提供がされている。ユーザーの頭の中では「損小利大」という言葉だけが一人歩きしてしまい、大きく偏りのある考えになってしまっているのだ。
リファレンスポイントはトレーダーの都合で簡単に動く
リファレンスポイントは移動するというのは冒頭で解説したが、これは個人の都合でいくらでも移動していくものだ。これがよく言われる「塩漬け」や「ナンピン」などと言った状態に大きく関係してくる。
冒頭で説明した例は、エントリーしてから含み益が出ている状態だった。しかし今度は含み損を抱えている状態でのリファレンスポイントの移動について考察してみたいと思う。
エントリーしてからの含み損「塩漬け・ナンピンの心理」
あるトレーダーが100円でロングポジションを握ったとしよう。目標設定は120円での利益確定で、ロスカットは90円を考えていた。
しかし相場は下落を続けて90円近辺まできた。もう直ぐロスカット地点だ。この時トレーダーは「この辺でどうも底をついて反転しそうだなー」と考えていた。
その後相場は90円を一時下まわったものの、再び上昇してきたのだ。そこでトレーダーは考えた。
損切りをしないでこのまま待っていれば価格が戻ってくるかもしれない・・・
もし上昇してきたらプラマイゼロ(100円)のとこでポジションを手仕舞ってしまおう
この時トレーダーのリファレンスポイントは90円に移動したのだ。90円を下回らなければ100円に戻ってくるまで待とう、もし下回ったらロスカットしようと考えたのだ。
しかしこの時点ではロスカットの基準、つまり90円を下回った時のロスカット基準が曖昧だったのだ。当初は100円がリファレンスポイントだったので、90円になったら損切りしようと考えていたが、90円にリファレンスポイントが移動した為、明確なロスカット基準が無いという事になる。
そして、またしても下落を始め、価格は80円あたりまで下落してしまったのだ。ここでトレーダーは自分の含み損の価格から目を背けるようになる。
もうここまできたらロスカットは出来ないな。ここまで下落してきたんだからさすがにどこかで反転するだろう
もし90円まで上がってきたら90円で損切りしよう!それまで保有しておこう
この時点でトレーダーのリファレンスポイントは80円に移動したのだ。
ここからは塩漬けと呼ばれる状態が続いていく事になる。当然80円という価格に何の根拠もないのは明白だ。もしあるとするなら、自分自身にとって最も都合の良い理由を見つけにいくという事になる。
ネット検索をしてこれから上昇するであろう予測を立てているトレーダーの見解を探しにいくか、これから上がるであろう予想をするトレーダーのSNSなどを探しにいくという行動だ。
側から見ていると、こんな事は自分はないだろうとか、もっとこうしていれば良かっただけじゃないか、などの意見があるだろう。
しかし、自分がその立場になったら果たしてどうなるのか?決して他人の話ではない。なぜならそれが人間としての当たり前の感情移動で、当然の心理だということが言えるからだ。
プロスペクト理論のリファレンスポイントから見るトレード戦略
プロスペクト理論ではリファレンスポイントが大きな価値基準になっているという解説をしてきたが、今までの解説を踏まえたうえでこれからどういう風に今後のトレードに生かしていくのか?について考えてみよう。
自分のリファレンスポイントを把握する
まずは、今自分がどの価格に対してリファレンスポイントを持っているのか客観的に判断することが重要になってくる。
自分のエントリーポイントが最初のリファレンスポイントであるならば、目標である価格設定になったら如何なる状態であったとしてもその価格で決済するということが重要になる。
これはリファレンスポイントを移動させない為のひとつの方法だが、実際やってみると圧倒的に難しい。
もちろんロスカットの基準を最初に必ず決めておかないといけないというのはもちろんの事、その中の値動きの中でどのような値動きになっても途中で決済しないという行動はトレーダーの心理としては難しい。
これを助けてくれるのが自動発注機能だ。
指値と逆指値を利用してリファレンスポイントを固定する
これはあくまでも参考程度にだが、今や常識となった指値注文と逆指値注文(その他発注機能)を使ってエントリーから利益確定、ロスカットまでの一連の流れを全て任せると言った方法も一理ある。
シンプルなもののほうが自分のポジションがどうした時にどうなるのか把握するのに適している。シンプルな方法というのは原点だ。
人間の心理の本質的な部分を変えるにはそれなりの年月を要し、それに伴う努力が必要になってくるので、指値や逆指値を使って強制的にリファレンスポイントを固定してトレードを行い、徐々にメンタルをコントロールできるようになっていく、というのも有効な考え方だと思う。
指値と逆指値注文の注意点
指値と逆指値にもリファレンスポイントの移動に注意が必要な部分がある。それは相場状況によって自分が設定した指値や逆指値の値を途中で自分自身で変えてしまうという事だ。
全ての注文が完了したら如何なる状況がきても指値や逆指値の値を変更しては意味がない。仮に注文変更によって、うまくいったとしても、これはリファレンスポイントの移動に直結する為にその後のトレードにもいい影響は与えないと考えておこう。
もちろんトレードスタイルなどにもよるので一概には言えないが、そういう固定の仕方もあるという例だ。
指値や逆指値が使いやすいテクニカル分析
比較的指値や逆指値の使いやすいテクニカル分析はライン分析になる。これは目標としている価格が明確な為だ。
しかも水平線で引く価格の節目は、相場心理の溜まり場になっている。つまり市場参加者のリファレンスポイントが集中している部分となる。
まとめ
今回はプロスペクト理論で基準値となるリファレンスポイントについて解説してきた。プロスペクト理論は非常に奥が深く、他にも行動ファイナンスに直結するようなものが沢山ある。それはプロスペクト理論が、心理を分析している理論だからだ。
しかし、プロスペクト理論すべてを把握したところで、全部をトレード基準に反映させる事はあまりにも難しく困難だ。なので少しでもシンプルに出来るところから始めてみるのは大切な要素だ。
ただ考えておかなければならないのは、シンプルな手法や考え方は確かに分かり易いが、分かり易いが為にその手法の考え方などの本質的な部分を見ることをしない事だ。
なぜエントリーした後逆方向に値動きするのか?誰かがどこかで見ていて操作しているのではないか?こう言ったことも行動ファイナンス理論やプロスペクト理論で本質をある程度見抜く事ができる。
そして自己心理を中心にトレードノートなどを付けていくと、心理面の上達にはかなり有効な手段になる。